【外傷外科医 解説】背中の傷は剣士の恥
ゾロ vs ミホークの“切創”は現実だとどうなる?
**リード:**ゾロの怪我はどのくらい重症?失血、内臓損傷、初療の現実を、外傷外科の視点で“真剣に”解説します。
※本記事は一般情報です。緊急時は119番/救急受診を。
はじめに
『ONE PIECE』は全世界で愛されている漫画のひとつ。私自身も大好きな作品です。
序盤で登場する最強クラスの剣士・ミホークとゾロの戦闘シーンは、ファンなら胸が高鳴る名場面ですよね。今回は、そのときゾロが受けた大きな切創を、外傷外科医の視点で考察します。
1) シーン/出典
- 作品:ONE PIECE
- 場面:ゾロがミホークに黒刀で斬られて、上体に大きな斜め切創を負う有名シーン
- 出典:『ONE PIECE』6巻51話/尾田栄一郎/集英社
2) MIST(外傷の整理)
- M:Mechanism (受傷機転)— 黒刀(長剣)による鋭的外傷
- I: Injuries(損傷部)— 左前胸部~心臓~右上腹部
- S:Signs(所見)— 会話は可能で意識清明。明らかなバイタル異常なし
- T:Treatment(処置)—ヨサクとジョニーによる圧迫
3) 予測損傷パターン
創部の推定位置
- 左肩〜前胸部〜右上腹部へ斜走
- 近接臓器:左鎖骨下動静脈、肺、心・大血管、肝臓、腸管
胸
- 肋間動静脈、内胸動脈損傷
- 深ければ肺損傷/気胸、心・大血管損傷
上腹部
- 肝臓、胃、腸間
体表面
- 大胸筋・腹直筋などの筋損傷 → 筋層からの出血
結果からの推論(作中描写ベース)
- 包帯+縫合のみで手術なし → 胸腔/腹腔の貫通はなかった可能性が高い
- 主損傷は体表〜筋層・肋間領域止まりと推定
- 鎖骨下などの大血管損傷は描写と矛盾するため温存されたと考えられる
+α 小さな刺突のリスク
実は、黒刀で切られる前の“小さな剣の刺突”の方が危険かも?
- 小さくても「Cardiac box」領域(心損傷を疑う領域)の損傷で心損傷リスク
- 心タンポナーデ(心膜と心臓の間に血液が溜まり心臓の動きが悪化)の可能性
- 創の大きさよりも「場所×向き×深さ」が重症度を決める
- ミホークの「あと一歩で死ぬ」は医学的にも妥当
4) 現実世界なら
A. 応急手当
- 出血部を直接圧迫(布やガーゼ)
- 創部をいじらない
- 119番通報:胸/腹の深い切り傷は即搬送
B. 搬送後
・胸のケガ → 胸部X線/超音波(FAST)で血や空気の貯留を確認。
・必要なら 胸腔ドレーン(空気を外に逃がし、胸腔内の出血量を把握)。
・ お腹のケガ → 超音波/CTで出血や臓器損傷を評価。
・ただし腸管損傷は画像で分からないことも多いため、腹痛など臨床所見も見て手術を検討
5) よくある誤解
- 「傷が小さい=軽傷」 → 小さな刺創でも心・大血管に届けば致命的
- 「血が出ていない=安全」 → 体内出血の可能性あり(血胸/腹腔内出血)
6) まとめ
- 創の深さ次第で致命的になり得る
- 傷の大きさより臓器損傷の有無が重要
※本記事は一般情報です。診断・治療は医療機関で。緊急時は119。
7) 個人の感想
模造刀や包丁・ナイフによる外傷患者を診た経験はありますが、真剣による切創は現代では稀です。武士の時代には日常的だったのかもしれません。傷としては派手ですが、その後のゾロの活躍を考えると、内臓には到達していなかったのでしょう。大切なのは創の大きさや長さではなく、どこまで到達したのか、つまり深さです。そういった意味で外傷外科医的には最初に付けられた小さな刺創が心臓に届いているかどうかが気になります。大きな傷に関しては、ミホークの「生かしている」という言葉を考えるに、「深さをコントロールして、死なないように切った」とも解釈できます。現在の達人であれば同じ事ができるのか、気になるところです。
(開閉)医療者向けメモ
- 対象疾患:左前胸壁~上
- 搬送時の要点:バイタル不安定なら胸部X線前にドレーン。CXRは血胸を最大1L見落とすことあり。FASTは高感度だが100%ではない。
- 心損傷や大量血胸があれば開胸を考慮。胸骨正中切開か側方開胸かは状況次第。
- 心臓血管外科医以外は側方開胸の方が慣れており、迅速にできる点からはショック状態なら側方開胸をまずは考慮。
- 鋭的外傷は深さが大切。鋭的外傷での腸管損傷はCTで除外できないと考えた方が無難。腹痛強ければ試験開腹を積極的に検討すべき。
参考文献
・ EAST Practice Management Guideline — Management of Hemothorax and Occult Pneumothorax(2011)
・ Wilkerson RG, et al. Sensitivity of Bedside Ultrasound and Supine Anteroposterior Chest Radiographs for the Detection of Pneumothorax. Ann Emerg Med. 2010.
・ Hoff WS, et al. Practice management guidelines for the evaluation of blunt abdominal trauma: the EAST practice management guidelines work group. J Trauma. 2002;53(3):602–615.
・ Smyth L, et al. WSES guidelines on blunt and penetrating bowel injury: diagnosis, investigations, and treatment. World J Emerg Surg. 2022;17(1):13.