【外傷外科医が解説】コナン第3巻「自作自演の太もも刺創」は成立する?――“四肢=安全”は大誤解、大腿は危険地帯
本記事は医療に関する一般情報です。個別の診断・治療の指示ではありません。体調不良時は医療機関を受診し、緊急時は119番へ。
導入:結構やばい「太ももを刺す」という選択
久しぶりにコナンを読み返してみると、色々と思う事があり、コナンの怪我解説第3弾になります。
『名探偵コナン』第3巻、豪華客船「旗本号」で起きた連続殺人事件。
停電の混乱に乗じて、ある登場人物が**「右大腿部(太ももの中間あたり)」**を刺されたと訴えるシーンがあります。
物語のトリック上、「自分で自分を刺す」という選択がなされたわけですが……これ、外傷外科医の視点で見ると**「正気か!?」**と冷や汗が出るほど恐ろしい選択なんです。
世間一般には「手足のケガ=命に関わりにくい」というイメージがあるかもしれません。
しかし医学的に見れば、太ももは**“当たりどころ次第で一気に命を落とす”**危険地帯。
今回は、自作自演の代償としてはリスクが高すぎる「大腿部刺創」の真実に迫ります。
1. 症例検討:もし「太ももを刺された人」が搬送されてきたら
まずは、作中の描写を医学的な「症例」として整理してみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 受傷機転 | 下肢の鋭的外傷(刺創) |
| 刺入部位 | 右大腿部 中間の前面〜内側 |
| 初期の懸念 | 外出血・深部出血、ショック、神経損傷 |
| 作中の印象 | 衣服、地面に血が出ている=「それなりに外出血している」 |
ここで重要なのは、「目に見える出血がある」という点です。
太ももは筋肉が厚いため、外に出ず中で出血して血腫を作ることも多いのですが、外に漏れ出しているということは、少なくとも皮下だけの“擦り傷”ではない可能性を示唆します。
もちろん、外出血の量だけで深さを断定はできません。
ただ、外傷の現場では「血が見える=重症かも」と考えます。
2. 「浅い傷」でも安心できない理由:太ももは“重要インフラ”の通り道
太もも(特に前面〜内側)は、人が動く・生きるための「重要インフラ」が密集したルートです。
- 大腿動脈系(浅大腿動脈など):心臓からの血液を送るメインパイプ
- 大腿静脈:心臓へ血液を戻す巨大ルート
- 大腿神経・伏在神経:足の感覚や筋力を司る“電線”
自分で太ももの付け根を触れてみると、拍動が触れるはずです。
あれが(深部構造ではありますが)大腿動脈の近さを実感できるポイント。太い血管が“近い”場所だからこそ、浅いように見える傷でも油断できません。
鼠径部は「V-A-N」:医学生がゴロで覚える“危険な並び”
さらに危険度が上がるのが、鼠径部(股の付け根)です。
ここは重要構造が密集し、内側→外側が V-A-N(静脈・動脈・神経)、つまり外側→内側が N-A-Vという有名な並びがあります。
この並びが意味するのは単純で、少しズレるだけで静脈・動脈・神経のどれかに当たり得るということ。
とくに動脈損傷は、出血量の面で一気に致命的になり得ます。
「四肢だから安全」という直感で太ももを選ぶ発想は分からなくはない。
でも医学的には、太もも(特に鼠径部寄り)は急所です。
3. 「歩けるから大丈夫」は死亡フラグ?
作中では刺された後も会話をしていますが、これは決して「安全」を意味しません。
- 外出血には“波”がある:大きな血管が傷ついていても、血圧低下や血管収縮で一時的に出血が弱まることがあります。救急の現場では「止まったかな?」と思った数分後に再び増えるのは珍しくありません。
- ショックの初期は“普通”に見える:人間には代償機能があるので、初期は会話できることがあります。しかし限界を超えた瞬間に急激に悪化し、血圧が崩壊します。
だから「喋れてるから大丈夫」は、外傷診療では通用しません。
4. 私見:このトリックが“成立”した最大の理由は「強運」
もしこの「自作自演」が致命的な事態にならずに済んだのだとすれば、医学的な理由はほぼ一つです。
「血管・主要神経を“たまたま”奇跡的に外した」
犯人のスキルというより、“当たりどころのミラクル”で命拾いした。
外傷外科医の感覚としては、太ももを刺すのは危険すぎてできません。
5. 数字で見る現実:四肢の血管損傷は「軽くない」
「足のケガでしょ?」と侮るなかれ。
血管損傷を伴う四肢外傷のデータ(NTDBなど)を見ると、その深刻さが分かります。
- 四肢動脈外傷の死亡率:約3%
- 切断(四肢喪失)率:約11%
- 部位別の切断リスク:膝窩動脈(膝裏)の損傷では、約23%が切断に至るという報告もあります。
要するに、「血管に当たった瞬間に、人生が変わるアウトカムを招く」。これが外傷外科の現実です。
まとめ:トリックは成立する。でも“太ももは安全”は危ない誤解!
- 太もも前面〜内側は血管・神経の超重要ルート。
- 「浅いから安全」は通用しない。数センチの狂いで致命傷になり得る。
- コナン第3巻のトリックは、医学的には**「成立はするが、運が悪ければ死亡していた」**という、極めてハイリスクな賭け。
【最後に】現実で刺された・刺さったときの鉄則
もし現実でこうした場面に遭遇したら、以下の2点を絶対に守ってください。
- 刺さっているものは抜かない:抜いた瞬間に、止まっていた“栓”が外れて一気に出血が増える恐れがあります。
- とにかく強く圧迫して救急要請:「足だから大丈夫」と判断を遅らせないでください。
太ももの出血は、立派な緊急事態です。
これを知っているだけでも、いざという時の生存率が変わるかもしれません。
参考文献
- Western Trauma Association: Management of traumatic peripheral vascular injury.
- National Trauma Data Bank(NTDB)関連解析(四肢血管外傷の転帰)
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最終更新日:2026年1月17日