【外傷外科医が解説】煉獄さんは救命できたか?— 心窩部杙創と大量出血のリアル
本記事は医療に関する一般情報です。個別の診断・治療の指示ではありません。体調不良時は医療機関を受診し、緊急時は119番へ。
導入
- リード :心窩部(みぞおち)を拳で貫かれるような外傷は、現実世界の現代医療で救命できたのか? 外傷外科の視点で、その致死性と救命の可能性を真剣に解説します。
- はじめに:連載終了後も映画が大ヒット中の『鬼滅の刃』。連載当初から追っていた私も、ここまでのヒットは想定外でした。今回取り上げるのは、煉獄さん vs 猗窩座の名場面。激闘の末、奥義を放つも倒れる煉獄さん—この致命的な外傷は、現代医療では救命可能だったのかを外傷外科の立場で検討します。
1. シーンの確認と外傷の整理
| 項目 | 内容 |
| 作品・出典 | 『鬼滅の刃』8巻56話/吾峠呼世晴/集英社 |
| 場面 | 煉獄杏寿郎が猗窩座に心窩部を拳で前後方向に貫通される有名なシーン。 |
| 外傷の種類 | 拳による強打で、鈍い物体が突き刺さる形の**「杙創(よくそう)」**を心窩部に受けた。 |
| 初療時の状況 | 受傷直後は会話や動作が一時的に可能。現場では刺入物(拳)は抜去せず、そのまま固定して二次損傷と出血の増悪を防いでいる。 |
※「杙創(よくそう)」:刃物ではなく鈍い柱、棒、拳などで刺さる・貫くタイプの刺創。
2. 予測される損傷パターン(心窩部貫通の危険性)
心窩部(上腹部正中)は重要臓器が密集しており、「最凶クラスの外傷」の一つです。
| 領域 | 懸念される損傷 |
| 太い血管 | 大動脈、IVC(下大静脈)、門脈系といった生命維持に直結する大血管損傷。 |
| 消化器系 | 胃、十二指腸、肝左葉、脾、膵。 |
| その他 | 貫通角度による脊柱/脊髄のリスク、横隔膜損傷 |
ここが救命の分かれ目:「太い血管」への関与
太い血管に当たっていれば、超短時間で致命的となります。この場合、出血多量により普通は生きて病院にたどり着くことすら極めて厳しいでしょう。
当たっていなければ、出血や臓器損傷が多くても、現代医療で救命の余地が残るケースがあります。
3. 現実世界なら初療はこう動く
A. 現場の原則(119番通報時)
- 拳は抜かない: 貫通物(この場合は拳)は、血管を塞いで止血の役割を果たしている可能性があるため、抜去は厳禁。そのまま固定します。
- 即時搬送: 手術のできる高次医療機関に即座に搬送要請します。
B. 救急外来(ER)の流れ
すでに腹腔内への臓器損傷は確定的です。
搬送前から手術の準備を整え、病院到着後は時間との勝負になります。麻酔導入を行い、すぐに手術開始です。心臓などの胸部臓器の損傷の可能性も十分考えられるため、開胸・開腹ともに必要となる可能性があります。
4. 結論:救命できた可能性は残るのか?
- 救命が極めて困難なケース:大動脈、下大静脈、門脈といった太い血管に当たっている場合は、数分単位で致死的な状態に陥るため、現実的な救命は極めて困難です。
- 救命の可能性が残るケース:太い血管に当たっておらず、心臓の致命的損傷もない場合であれば、大量出血の状態でも**輸血+緊急手術(損傷臓器の切除/出血部位の止血)**で救命できる可能性は十分あり得ます。
- 長期的なリスク:仮に止血が得られたとしても、膵臓や肝臓などが壊滅的に損傷していそうな状況であり、その後の感染症などで救命できない可能性も残ります。
5. まとめと外傷外科医の視点
心窩部貫通という最凶クラスの外傷において、救命の鍵は**「出血源の特定と即時止血」**に尽きます。
大動脈・下大静脈・門脈関与であれば極めて厳しい結末を迎えます。漫画で見かける心窩部の大貫通外傷(『ONE PIECE』のエースや『NARUTO』のミナトなど)は、フィクション同様、致死率が非常に高い外傷と考えてよいでしょう。
【個人の感想】
太い血管に当たっていないという“運”と、最短での止血が噛み合えば、助けられるシナリオも確かにあると思います。しかし、作中の損傷具合では厳しいというのが結論です。作中の煉獄さんは超人的な呼吸で一時的に循環を保ったかのように描写されますが、やはり重要臓器が損傷していたのでしょう。猗窩座の「死んでしまう」という発言や、煉獄さんの「おれはもう死ぬ」という判断は、医学的にも矛盾しない結末だと思います。
最終更新日:2025/10/11