【外傷外科医が解説】「不死身の杉本」は本当に死なないのか?――左頸部銃創から考える“首を撃たれても動ける”理由


導入:首を撃たれても平然と動く「不死身の杉本」

『ゴールデンカムイ』第1巻。

日露戦争の激戦地で、主人公・杉本佐一は敵の銃撃を受け、左の首を撃ち抜かれます。

普通なら即死、あるいは戦闘不能になりそうな大怪我です。しかし彼は、その直後も鬼神の如く戦い続け、「不死身の杉本」という二つ名を読者に強烈に印象づけました。

いち読者としては「カッコいい!」と痺れるシーンですが、同時にこんな疑問も浮かびます。

  • 「首を撃たれたら、普通は即アウトでは?」
  • 「頸動脈が切れたら、その場でショック死するんじゃ…?」

今回はこのシーンについて、**「あの着弾位置なら、医学的に見て“まだ動ける”余地はあるのか?」**という点を、現役の外傷外科医の視点からガチ考察してみます。


1. 症例検討:杉本はどこを撃たれたのか?

まずは、作中の描写から「受傷状況」をカルテ風に整理してみましょう。

項目内容
作品・出典『ゴールデンカムイ』第1巻/野田サトル
患者杉本佐一(20代男性・推定)
受傷機転日露戦争の戦場における小銃(ライフル)による銃撃
受傷部位左頸部(外側〜やや後方寄り)
所見左胸鎖乳突筋の外側付近を貫通したと見られる。出血はあるが意識清明、運動機能に著変なし。

ポイントは、「首のど真ん中」ではなく、「やや外側」を撃たれているという点です。

ここが、「即死」か「生存」かを分ける運命の分かれ道になります。


2. 首の解剖図解:どこが“即死ライン”なのか?

首は「脳と体をつなぐライフライン」が密集する超危険地帯です。しかし、全ての場所が同じ危険度ではありません。ざっくりと**「即死ライン(深層)」「重傷だが動けるライン(表層)」**に分けて考えます。

① 即死ライン:頸動脈鞘(Carotid Sheath)

首の深い部分には、重要なパイプラインをひとまとめにした**「頸動脈鞘(けいどうみゃくしょう)」**という筋膜の束があります。図解で見ると、首の奥の方にある「太い管の束」です。

この中には以下の「絶対に傷つけてはいけない3点セット」が入っています。

  1. 総頸動脈・内頸動脈(心臓から脳へ血液を送る高圧パイプ)
  2. 内頚静脈(脳から心臓へ血液を戻す太い排水管)
  3. 迷走神経(生命維持に関わる重要な神経)

ここをライフル弾が貫通すれば、猛烈な勢いで血が噴き出し、数分とかからず失血死(ショック死)に至ります。これが医学的な**「ゲームオーバー」**のラインです。

② まだ動けるライン:外側の筋肉と静脈

一方、その外側(表面に近い方)には以下の組織があります。

  • 胸鎖乳突筋(SCM):首を斜めに走る太い筋肉。
  • 外頚静脈:皮膚の近くを走る静脈。
  • 皮下組織・皮膚

杉本の受傷部位は、描写を見る限り**「②の外側ライン」**に見えます。頸動脈鞘という「重要ケーブル束」を、紙一重で外側にかわしている可能性が高いのです。


3. なぜ動ける? 外傷外科医が考える2つの理由

「重要臓器を外した」といっても、首に穴が空いていることに変わりはありません。なぜ杉本は倒れずに動けたのでしょうか?

ここでは2つの医学的根拠を推測します。

理由①:静脈性の出血は「ドボドボ」タイプ

もし損傷したのが動脈ではなく「外頚静脈」メインだとすれば、出血のタイプが異なります。

  • 動脈損傷: ポンプの圧がかかるため「プシューッ!」と勢いよく噴き出す。
  • 静脈損傷: 圧が低いため「ドボドボ」と湧き出る。圧迫で止まりやすい。

静脈損傷だけであれば、直ちに意識を失うほどの血圧低下は起きにくいと言えます。

理由②:杉本の「筋肉」が止血帯になった

ここで効いてくるのが、杉本の**「異常なほどの筋骨隆々さ」**です。

首の筋肉が分厚く発達していると、銃弾が通った穴(創道)の周りを筋肉がギュッと締め付ける力が働きます。さらに、皮下で出血した血液が筋肉の圧力で溜まり、血の塊(血腫)を作って傷口を内側から圧迫することがあります。

これを医学用語で**「タンポナーデ(Tamponade)」に近い現象と捉えることができます。

つまり、「杉本のムキムキの首の筋肉そのものが、天然の圧迫止血帯として機能した」**可能性があるのです。


4. 銃創のリアル:本当は「衝撃波」がヤバい

ここまで「当たり所が良かった」説を唱えてきましたが、現代の外傷外科の視点では一つ懸念点があります。それは**「弾丸の衝撃波(キャビテーション)」**です。

弾が当たらなくても内側が壊れる?

高速で飛ぶライフル弾は、通過する瞬間に周囲の組織を急激に押し広げ、一瞬だけ体内に大きな空洞を作ります。弾丸の直径よりもはるかに広い範囲が衝撃を受けます。

この衝撃波によって、弾道から少し離れた血管や神経が引きちぎられることが現実には多々あります。

リアリティを追求しすぎると、「弾は逸れても、衝撃波で頸動脈や神経が損傷しているはずだ」ということになりかねません。

しかし、ここは漫画の世界。

「運良く衝撃波の影響が最小限で済んだ」

「日露戦争当時の弾丸の特性上、現代の自動小銃ほど広範囲の破壊が起きなかった」

と好意的に解釈すれば、成立するラインです。


5. 戦場データの現実:首の銃創死亡率は約8割

現実の戦場におけるデータも見てみましょう。

イラク・アフガン戦争での英軍兵士(1,528例)の負傷データを解析した研究(*1)によると、以下の厳しい現実があります。

  • 銃撃による頸部損傷の死亡率は約78%
  • 爆発物による頸部損傷死亡例の約85%で「血管損傷」が死因

やはり、首を撃たれるというのは基本的に「助からない」カテゴリーです。

杉本のように動脈を避けて生き延びるケースは、統計的に見れば**「数少ない幸運な生存者」**と言えるでしょう。


6. まとめ:杉本は医学的にも「強運」だった

結論として、あのシーンを外傷外科医が診断するとこうなります。

  1. 着弾位置: 致命的な「頸動脈鞘」をギリギリ外側のルートで通過した。
  2. 損傷程度: 外頚静脈や筋肉の損傷にとどまり、即死級の動脈性出血を免れた。
  3. 身体要因: 鍛え上げられた首の筋肉が、出血を抑え込むのに役立った。

「不死身の杉本」の強さは、単なる精神論だけでなく、**「致命傷を数センチ単位で回避する悪運の強さ」「ダメージに耐えうるフィジカル」**という、医学的にも説明可能な要素に支えられている……と解釈できそうです。


【最後に】現実の「首のケガ」で絶対にやってはいけないこと

最後に、現実世界でのアドバイスです。

もし首から出血している人(あるいは自分)がいた場合、杉本のように動き回ってはいけません。

首のケガは、表面の傷が小さくても奥で大出血していることがあります。また血餅により自然に止血していた出血が、動くことで血餅が剥がれ再出血することがあります(実際の医療現場でも結構あります)

「首を撃たれても戦う」のは、不死身の杉本だから許される演出だと心に刻んでおきましょう。


7.参考文献

1. Breeze J, Midwinter MJ, Gibbons AJ, et al. Mortality and morbidity from combat neck injury. J Trauma Acute Care Surg. 2012;72(4):969–974.


最終更新日:2025年11月29日

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