【外傷外科医 解説】『HUNTER×HUNTER』の「首トン」

【外傷外科医 解説】
首を“トン”で気絶は起こる?—『HUNTER×HUNTER』の「首トン」を外傷外科医がガチで考察

リード:後頚部をコツッと叩かれて即失神。そんな事ありうるのか?
※本記事は一般情報です。緊急時は119。絶対に真似しないでください。


はじめに

『HUNTER×HUNTER』は休載を挟みつつも長期連載を続ける伝説的作品。今回は、クロロの手刀でネオンが意識消失する超有名シーンを、「現実に即失神は起こるのか?」という観点から真剣に考察します。

1) シーン/出典

  • 作品:『HUNTER×HUNTER』
  • 場面:クロロが手刀でネオンの後頚部を叩くシーン
  • 出典表記例:『HUNTER×HUNTER』11巻96話/冨樫義博/集英社

2) MIST(要点)

  • M(受傷機転):後頚部への鈍的打撃
  • I(損傷):後頚部(外表所見は乏しい可能性)
  • S(所見):一過性意識消失
  • T(処置):安静・観察

3) 予測“機序”の優先度(やさしい解説)

私が主に考える機序は以下の3つです。ただ、いずれもありうるかという程度で現実には失神のみを後遺症なく起こすのは後頚部打撃では厳しい気がします。

① 椎骨動脈の一時的血流低下(後方循環の一過性虚血)

  • 首の骨の中を通る椎骨動脈は脳幹・小脳・後頭葉へ血流を供給。
  • 過伸展・捻転+一点圧などが重なると流れが一時的に低下。
  • めまい→短時間の意識消失の流れを説明しやすい。
  • 現実では椎骨動脈損傷という病態があり、脳梗塞の原因になる

ミニ解説:後方循環 — 椎骨動脈→脳幹・小脳・後頭葉。ここが乏血になると意識・バランス・視覚が急低下し得る。

② 頚髄震盪(脊髄の一時的な麻痺)

  • 強い打撲(他に頚部の過伸展など)で頚髄が一時的に麻痺。
  • 四肢脱力・しびれ、呼吸停止などが起こりうる。
  • 意識は必ずしも飛ばないが、失神様に見える。

ミニ解説:頚髄は呼吸の要 — このレベルから横隔膜へ運動指令が出ている。

③ 脳震盪(急加速・減速による一過性機能低下)

  • 首打点でも頭部が急に振られれば脳震盪は起こり得る。
  • ただし後頭部直撃よりは起こりにくいので第3候補。
  • 実際にハンゾーは脳震盪を狙い、ゴンの後頭部を打撃している描写あり。

4) 実際に搬送されてきたら

  • 四肢脱力・しびれ、持続する頭痛・頚部痛・めまいをチェック。
  • 必要時:頚部造影CTで椎骨動脈損傷を除外。麻痺などの神経症状が出ている場合にはMRI検査なども考慮されます。

5) よくある誤解を訂正

  • 「後ろからコツで誰でも失神」→ ×
  • 実際はかなり難しく、再現性は低い。

6) まとめ

  • 本命鑑別:椎骨動脈一過性低灌流 → 頚髄震盪 → 脳震盪

7) 個人的な感想

作中のネオンは後遺症が乏しそうですが、実際は頚椎骨折や椎骨動脈損傷のリスクもあり得る一撃であったと考えられます。それらを起こさないギリギリの力加減で頚部を打つという達人の一撃だったという説が最も考えられます。見落とさないべきは手刀の速度ではなく、絶妙な力加減で手刀を放てる技量だったと考えます。現実世界でも頚椎骨折(それに伴う脊髄損傷)や椎骨動脈損傷はそれなりに存在し、注意が必要な外傷です。

(開閉)医療者向けメモ:BCVI(鈍的頸動脈・椎骨動脈損傷)
  • 発見のポイント:造影CTをしっかり撮影していると、想定より頻度は高い。
  • 危険性:気づいた時には脳梗塞を起こしている可能性あり → 高警戒。
  • スクリーニング:拡張Denver基準を用い、該当・疑いは頚部CTA。基準はやや厳しめの印象があり、施設内で運用合意を。
  • 必撮と考える症例:頚椎骨折を伴う症例は原則撮影(筆者見解)。
  • 治療方針:Gradeにより塞栓または早期抗血栓療法(禁忌・出血リスクに留意)。

参考文献

・Biffl WL, Cothren CC, Moore EE, Kozar R, Cocanour C, Davis JW, et al. Western Trauma Association critical decisions in trauma: screening for and treatment of blunt cerebrovascular injuries. J Trauma. 2009;67(6):1150–1153.

・Brommeland T, Helseth E, Aarhus M, Moen KG, Dyrskog S, Bergholt B, et al. Best practice guidelines for blunt cerebrovascular injury (BCVI). Scand J Trauma Resusc Emerg Med. 2018;26(1):90.

・Geddes AE, Burlew CC, Wagenaar AE, Biffl WL, Johnson JL, Pieracci FM, et al. Expanded screening criteria for blunt cerebrovascular injury: a bigger impact than anticipated. Am J Surg. 2016;212(6):1167–1174.

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