【外傷外科医が解説】ゴンがやった「まぶた血腫をナイフで切る」は、現実の救急でやるのか?
本記事は医療に関する一般情報です。個別の診断・治療の指示ではありません。体調不良時は医療機関を受診し、緊急時は119番へ。
——『HUNTER×HUNTER』から考える、“血腫を開けない”という外科の原理
0. 結論:血腫は基本、開けない
『HUNTER×HUNTER』で、ゴンが腫れたまぶたをナイフで切って血を抜く場面があります。
(出典:冨樫義博『HUNTER×HUNTER』集英社、5巻・43話「ゾルディック家④」)
あれを見て、多くの医療者はこう思う。
「……いや、それ、やっているのほとんど見たことない」
結論から言うと、血腫は原則としてむやみに開放しない。
理由は単純で、血腫はしばしば圧迫止血として働いているからだ。
ただし、例外がある。
目的が明確なとき、血腫を開放して止血しに行く/減圧することは現実でも起こる。
この記事では、その「基本」と「例外」を、外傷外科の目線で整理する。
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1. ゴンの行為を医学語に翻訳すると
ゴンがやったことは、医学的に言えばこうだ。
- 眼瞼(まぶた)の血腫を切開して、内部の血液を排出=減圧した
目的はシンプルで、
腫れで視界が塞がれるのを解除するため。
漫画としては分かりやすい。
「腫れて見えない → 開けて血を抜く → 見える」
しかし、現実ではあまり行われない処置になります。
2. なぜ現実では「血腫を開けない」のか
腫れているのを見ると、人はこう思う。
「中の血を出せば楽になるはず」
「溜まっているものは悪いもの」
でも、血腫は必ずしも“悪者”じゃない。
2-1. 血腫は、ときに止血の味方になる
血腫は、内部で起きた出血が周囲組織に押し込められている状態。
この「押し込め」が、そのまま圧迫になって、出血を弱めたり止めたりする。
- 血腫=身体が勝手に作った圧迫材
- 開ける=圧迫を解除する
- 圧が抜けると、再出血が増えることがある
だから、理由なく開けるのは危ない。
2-2. 顔面は血流が豊富で、見た目が派手になりやすい
顔面、特に眼の周りは血流が豊富で、
少量の出血でも派手に腫れて・紫になって見える。
見た目のインパクトが強いほど、手を出したくなる。
ただし、介入することで悪化する場合もよくあります。
3. そもそも“たんこぶ状の腫れ”=血腫とは限らない
ここまで「血腫を開ける/開けない」の話をしてきたが、そもそも一つ大事な前提があります。
ああいう“たんこぶ”みたいな腫れの多くは、血腫(血が溜まった塊)というより、打撲に伴う腫脹(むくみ)であることも多いということです。
外傷後に腫れる理由は大きく2つある。
A. 血腫(hematoma):血が“溜まっている”
- 血管が切れて、血が局所に貯留している状態
- 触ると「しっかりした塊」っぽいことがある
- 急速に増大するなら活動性出血も考える(=後述の例外①)
B. 腫脹(swelling/edema):炎症で“むくんでいる”
- 打撲で組織が傷み、炎症反応で血管透過性が上がって水分が出る
- 見た目は派手でも、中身は“水っぽいむくみが主成分のことがある
- これは切っても「血がドバッと出てスッキリ」にはならない
- むしろ切れば、余計な創を作って感染や瘢痕のリスクを増やすだけになる
つまり、ゴンのように「切れば血が出て腫れが引く」というのは、
腫れの原因が“血腫の比率が高い”場合にしか成立しない。
現実の救急外来では「腫れてる=血が溜まってる」と決め打ちせずに、
- 腫れ方(急速か/じわじわか)
- 触った感じ(緊満か/ブヨブヨか)
- 皮膚の色調
- 痛みや機能障害
- 受傷機転
などから、血腫なのか、腫脹が主体なのかをまず整理します。
腫れているから切る、ではなく
“中身が何か”と“目的は何か”を先に言語化する必要があります。
4. じゃあ、いつ「開ける」のか? ——例外は3つ
ここからが本題。
血腫を開けるのは、「腫れていて邪魔だから」ではなく、目的が明確なときです。
外科的には、例外は大きく3パターンに分けられる。
例外①:活動性出血が疑われ、止血のために開ける
血腫が「止血の味方」ではなく、
いまも出血が続いているサインになっているときは話が変わる。
- 急速に腫れてくる
- 触るとパンパンに緊満で、増大が止まらない
- 血圧の低下などから止血が得られていないと判断される場合
この場合、血腫を開ける目的はただ一つ。
出血点を探して、直接止血するため
圧迫が効いていない(または効ききらない)なら、
圧迫を当て直す/縛る/焼く/塞ぐといった処置を考えます。
例外②:減圧が目的(機能が危ないとき)
ここが、ゴンの話に一番近い。
ただし現実では、
「見えないから開ける」ではなく、
重要な機能を守るために減圧するために行います。
例えば四肢の外傷などでは腫れがひどくなると、コンパートメント症候群という病態を起こすことがあり、四肢の神経損傷などが起こる前に減圧目的に血腫開放を行うことがあります。
例外③:感染・異物・壊死が疑われ、ドレナージが目的
血腫が時間経過で問題になるパターンもある。
- 汚染された創がある
- 咬傷、穿通、異物混入を疑う
- 皮膚が壊死方向
- 熱感・発赤・疼痛の増悪、膿瘍化の兆候
この場合は「血を抜く」というより、
感染源コントロールとして血腫を開放して洗浄を行います。
5. じゃあ結局、ゴンのやつは現実でやるのか?
ここまでの話を、ゴンの行為に当てはめる。
- ゴン:腫れで見えない → 切って血を出す
- 現実:基本は
- 血腫は開けない(止血が崩れるかもしれない)
- そもそも腫れの正体が腫脹(むくみ)主体なら、切っても得るものが少ない
したがって結論はこう。
「見たいから切る」は基本しない。
ただし、“止血”や“減圧(機能保護)”など目的が明確なら話は別。
6. まとめ
- 血腫は基本、開けない
- 血腫が圧迫として止血に寄与していることがある
- “腫れ=血腫”ではない
- 打撲性腫脹(むくみ)が主体なら、切っても得るものは少ない
- 例外は3つ
- 活動性出血が疑われ、止血のために開ける
- 機能が危なく、減圧が目的で開ける
- 感染・異物・壊死が疑われ、ドレナージ目的で開ける
- ゴンの行為は“減圧っぽい”が、現実では適応がかなり絞られる
- 「見たいから切る」ではなく、「守るために切る」
最終更新日:2026年2月18日
