【外傷外科医が解説】NARUTO 日向ネジは忍術なしでも助かる? 「同時多発重症外傷」救命の現実

リード:運命を分けた二本の矢

左肩を大口径の矢で貫かれ、さらに右腹部にも矢傷――これは同時多発重症外傷です。一歩違えば数分で致命的になり得ます。医療忍術なしで、現実の医療で、彼は救命できたのでしょうか?

外傷外科医の視点で、やさしく、しかし緊迫感をもって解説します。


はじめに:致命傷を免れた二つの矢傷の現実

『NARUTO -ナルト-』中忍試験〜木ノ葉崩し終盤における日向ネジ vs 鬼童丸戦。本稿では、ネジが受けた超長距離・高貫徹力の矢による左肩貫通創右腹部矢創という二つの外傷を、現実の外傷医療に当てはめて検討します(原作:岸本斉史 / 集英社 / 『NARUTO -ナルト-』22巻196話、197話参照)。

「複数の部位に同時に重い外傷を負うこと」を同時多発重症外傷と呼びます。その難しさは、それぞれの部位の損傷が複合的に影響し合い、ショックや出血が加速度的に悪化することにあります。ネジは、まさにこの時間との闘いに直面しました。

1. シーンの整理と予測される損傷パターン

項目詳細
作品/場面『NARUTO -ナルト-』中忍試験〜木ノ葉崩し終盤、ネジ vs 鬼童丸
兵器/機序高質量・高速度の矢(硬質で貫通志向の矢尻)
外傷の整理左肩の貫通創(鎖骨下領域)と右腹部の矢創

A. 左肩:生命と機能の分かれ目

左肩の鎖骨下領域は、人体で重要な構造物が密集する「一等地」です。ここを貫通した矢は、以下のいずれかにダメージを与えた可能性が高いです。

  • 血管の危機鎖骨下動脈・鎖骨下静脈損傷(腋窩動静脈の可能性もあります)。大出血で瞬時に失血死する可能性があります。
  • 呼吸の危機: 肺の損傷による気胸(胸に空気が漏れる)や血気胸(胸に血液が溜まる)。
  • 機能の危機: 腕や手につながる神経の束、腕神経叢の損傷。麻痺やしびれなど、上肢の永続的な機能障害につながります。

B. 右腹部:致命傷を「ギリギリ」免れたか

腹部の外傷は、真っすぐ、右側腹部を抜けているように見えます。

  • 作中の設定: 致命傷を避けた位置。
  • 現実の懸念
    • 実質臓器: 肝臓、右腎臓の損傷。持続的な中等量出血の原因となります。
    • 消化管: 大腸(上行結腸)の損傷。最悪の場合、重篤な感染症(腹膜炎)のリスクになります。
  • 最大のリスク: 刺入角がわずかに正中寄りだった場合、腹部大血管(大動脈、大静脈)を損傷し、即死または極めて迅速な手術が必要となります。

2. 血管外傷の「危険サイン」:時間との闘い

外傷外科では、血管が損傷しているかを見分ける合図として、ハードサインソフトサインを確認します。これは、救命処置の優先順位を決定するために極めて重要です。

ハードサイン(=見えたら即止血!待ったなしの危機)

これらが見られたら、血管損傷は確実です。画像検査を待たずに緊急止血(緊急手術など)が最優先です。

  • 噴き出す/脈打つ出血(圧迫で止まりにくい)
  • 急速に拡大する腫れ(拡大する血腫)
  • 脈が触れない/極端な冷感・蒼白(血流遮断の兆候)

ソフトサイン(=疑わしい → 詳細評価が必要)

  • 左右差・減弱した脈(触れにくい/片側だけ弱い、毛細血管再充満がやや遅い)
  • 限局した腫れ・安定血腫やにじみ出血(拡大はしないが包帯がすぐ湿る 等)
  • 同領域の神経症状(しびれ・感覚低下・筋力低下)

これらがソフトサインです。診察や超音波、CTなどで追加評価が必要です。ソフトサインのみでも、重大な血管損傷や神経損傷が潜んでいる可能性があります。

作中の描写では、ネジは受傷後も複雑な技を繰り出し、戦闘を継続しています。このことから、明確なハードサイン(特に噴出性出血や脈の消失)は、幸いにも出ていなかったと推測されます。

3. 「医療忍術がなくても救命できた可能性」はある?

結論(外傷外科医の視点):迅速な搬送が叶えば十分に可能性あり。

ネジが戦闘を継続できた事実は、大動脈や心臓などの即死部位への損傷は免れていた可能性が高いことを示します。

  • 左肩: 鎖骨下血管の部分損傷、または腕神経叢の軽度な損傷にとどまっていれば、出血量を制御しつつ、機能温存の手術に進めます。
  • 右腹部: 肝臓や結腸の部分損傷であれば、手術で止血・修復が可能です。

損傷部からは、現実でも確実に手術は必要な外傷です。迅速に手術が可能な病院への搬送が望ましいです。

救命の条件:3つの要素

医療忍術に頼らず救命するには、現実世界では以下の3つが揃うことが絶対条件となります。

  1. 運(経路): 矢が大血管や中枢神経をギリギリ外したこと。
  2. 時間(止血まで): 医療機関への迅速搬送早期の手術的介入
  3. チーム(専門性): 外傷外科医、血管外科医、麻酔科医らによる高度なチーム医療

4. まとめ:運と時間、そしてチームが鍵

戦闘継続描写から、ネジの循環は一時的に保たれていたと読めます。これは、致命的な血管損傷を回避し、中等量出血と気胸で踏みとどまったことを示唆します。実際には、作中の位置的に鎖骨下動静脈の損傷あっても良いかなと思いますが・・・。

現実なら、このような同時多発の重症外傷は、運と時間次第で救命の可能性はあります

しかし、矢の角度がわずかに悪く、大動脈や大静脈に損傷が加わっていた場合、それは数分で命を落とすレベルであり、いかに優秀な外科医でも救命は極めて困難となります。

総じて、ネジのケースは**「運(経路)×時間(止血まで)×チーム」がそろえば、医療忍術に頼らずとも救命可能性アリ**、という緊迫感のある結論となります。

最終更新日 2025年10月10日

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