【医療者向け 解説】背中の傷は剣士の恥
本記事は医療に関する一般情報です。個別の診断・治療の指示ではありません。体調不良時は医療機関を受診し、緊急時は119番へ。
対象病態
左前胸壁〜上腹部を斜走する鋭的前胸壁/胸腹境界部切創。
解剖学的には cardiac box をかすめ、thoracoabdominal injury(横隔膜損傷の可能性)を含む想定。
左鎖骨下動静脈損傷も疑われるため、ハードサイン/ソフトサインの確認が必要。
1) Vital安定
- Primary → Secondary を定型通り。
- 全身露出と創部再評価:搬送時のガーゼやテープは必ず除去し、表層止血が実際に得られているかを目視で確認。
※ガーゼ下出血は見逃されることがあります。止血不十分なら、まずは粗くても縫合止血を優先。 - E-FAST で心嚢液・胸腔内液/気体をざっと確認。
- XP(胸部X線)も併用し、明確なⅢ度気胸があればCT前に胸腔ドレーン留置を検討。
- 外傷 pan-scan の造影CT:胸腹同時。
- 胸腔到達が示唆されれば胸腔ドレーン留置を検討。
- 心嚢液があれば心損傷の可能性を考慮。Vitalが安定しているなら Pericardial window で心嚢液の性状を確認(後述)。
- 腹部所見・画像に応じて開腹の適応を判断。腸管損傷はCTでしばしば見逃されることを前提に。
2) Vital不安定
- 施設毎の大量輸血プロトコールを発動(保温・Ca補正・必要時TXA等を並行)。
- 画像精査前に胸腔ドレーンを両側留置(胸腔内大出血/緊張性気胸の即時除外)。
- 胸部X線は血胸・気胸を過小評価し得る。E-FASTで感度・特異度は上がるが、反復評価と術者依存性に留意。
- 胸腔ドレーン排液が多量で、輸血に反応せず不安定なら開胸手術。
- E-FASTで心嚢液陽性+循環不安定 → **開胸(胸骨正中切開含む)**の閾値を下げる。
- 胸部関与が乏しければ開腹へ。
私見:RBC 4U 前後を一つの目安に手術移行を判断(施設・状況で異なる)。実は血は止まっているけど、外出血などが多く、すでに出ていた血の分でショックが持続している(蘇生遅延)場合もあります。ある程度、輸血を投与して、反応をみることも良く行います(明らかに腸管損傷などあれば、手術は確定なので、反応をみる意味はありません)。搬送時間・乳酸・体温・凝固障害も併せて評価。
- 併せて鎖骨下動静脈損傷の可能性に注意し、血管損傷のハード/ソフトサインを確認。
用語解説(簡潔)
Cardiac box(precordial box)
胸骨上縁〜剣状突起を縦辺、左右乳頭線(または内側鎖骨中線)を側辺とする前胸部領域。ここへの刺創・切創は心・大血管損傷のリスクが高い。
Thoracoabdominal injury
第4肋間(前胸部は乳頭線付近)から肋骨弓まで、後方は肩甲骨下角付近にまたがる外傷で、胸腔系/腹腔系いずれの損傷も想定すべき領域を指す。
Pericardial window(心嚢窓)
心嚢内出血の有無を直接確認する手技。開腹中の経腹膜的(横隔膜越し)、または **剣状突起下(subxiphoid)**から施行。陽性なら胸骨正中切開へ進め心損傷を修復。
Hard sign(血管損傷のハードサイン)
拍動性出血/脈動性腫瘤(仮性動脈瘤)/聴取可能な雑音・スリル/虚血徴候(蒼白・冷感・痛み・知覚運動障害)/収縮期血圧低下 など。
→ 即時外科的介入の適応を強く示唆。
Soft sign(血管損傷のソフトサイン)
近傍の出血・腫脹/神経所見の軽度異常/既往の大量出血/創の走行が主要血管に近接 など。
最終更新日:2025年10月13日