【外傷外科医が考察】H×Hキルアに心臓を抜かれたジョネスが「即死」しなかったのは医学的にリアルなのか?

漫画の怪我考察

本記事は医療に関する一般情報です。個別の診断・治療の指示ではありません。体調不良時は医療機関を受診し、緊急時は119番へ。


『HUNTER×HUNTER』のハンター試験編で、キルアが囚人ジョネスの心臓を抜き取るシーン。漫画史に残る、かなり有名で衝撃的な場面です。

キルアは、ジョネスの胸から一瞬で心臓を抜き取ります。 しかし、ジョネスはその瞬間にすぐ倒れるわけではありません。

最初は何が起きたのか理解していないように見え、その後、自分の心臓がキルアの手の中にあることに気づきます。そして、「返せ」と言うように一歩歩き出そうとし……その直後に倒れ伏します。

普通に考えれば、「心臓を抜かれたら即死では?」と思うかもしれません。もちろん、現実的に考えれば心臓を抜かれて助かることはありません。心臓は全身に血液を送り出すポンプであり、それを失えば循環は成立しないからです。

しかし、今回外傷外科医として考察したいのは「ジョネスは助かったのか?」ではありません。今回のテーマはこちらです。

「心臓を抜かれてから、自分の異常に気づき、歩き出そうとして倒れるまでの描写は医学的にリアルなのか?」

結論から言うと、このシーンは漫画的ではあるものの、脳血流の観点から見ると「心臓を抜かれた瞬間に完全停止する」よりも、「数秒だけ反応してから倒れる」という描写の方が、むしろリアルに近いと言えます。

*一応補足すると、このシーンは医学的には即死という扱いになるとは思いますが、少し活動しているという事から、あえて即死としておりません。


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「心停止」と「即座に意識消失」は違う

心臓の役割は、血液(酸素)を全身に送り出すことです。そして、人間の臓器の中で最も酸素を必要とし、血流の途絶に弱いのが「脳」です。

心臓というポンプそのものが失われると、全身に血液を送り出す力はほぼゼロになり、脳への血流も急速に途絶えます。

ここで医学的に重要なのは、心臓を抜かれた瞬間に、脳の機能が完全にゼロになるわけではないという点です。

脳には、その直前まで血液が届いていました。血管の中にも、わずかな圧や酸素を含んだ血液が残っています。そのため、心臓を失った瞬間に、電源を切った機械のようにパツンと完全停止するわけではありません。

心停止や循環停止に関する医学的な報告でも、脳血流が完全に途絶えてから人間が意識を失うまでには、およそ数秒から10秒程度の猶予があるとされています。

このシーンのジョネスの体の状態を時系列で追うと、以下のようになります。

  1. 心臓を抜かれる(循環が完全に破綻)
  2. 違和感に気づく(脳内に残ったわずかな酸素で思考)
  3. 自分の心臓を見る・「返せ」と言う
  4. 一歩踏み出そうとする
  5. 倒れる(脳血流の完全消失による不可逆的な失神)

長く見積もっても数秒の出来事でしょう。この程度の短い流れであれば、かなりギリギリですが、医学的な時間感覚としては十分に成立しうるのです。

倒れた理由は「脳血流の消失」

ジョネスが倒れた理由は「脳への血流が途絶えて意識を失った」と考える方が自然です。

通常、失神は脳全体への血流が一時的に低下することで起こります。普通の失神であれば、血流が戻れば意識も回復します。しかし、心臓を抜かれたジョネスに起きたのは、回復する失神ではありません。不可逆的な循環停止による意識消失です。

もしこのシーンで、ジョネスが数十秒も会話を続けたり、走って反撃しようとしたりしていれば、それは非現実的です。脳への血流が途絶えた状態で、複雑な思考や運動を長時間続けることは不可能です。

短い時間の中で、状況を理解し、短い言葉を発し、少し動こうとする。そして、すぐに倒れる。この「すぐ倒れる」という描写があるからこそ、脳血流の時間感覚として非常に説得力を持っています。

「親父はもっと上手く盗む」というセリフの本当の怖さ

この場面は、どうしても「心臓を抜き取る」というビジュアルの派手さに目が行きます。 しかし現実問題として、心臓は胸郭の中にあり、周囲には肺、大血管、気管などが密集しています。あのように「心臓だけ」をきれいに抜き取るには、胸郭や大血管を大きく破壊する必要があり、実際には不可能です。

ですが、このシーンでキルアはこう言い放ちます。

「親父はもっと上手く盗む」

普通の感覚では、心臓を抜き取ること自体が異常です。しかしキルアにとっては、それが単なる「技術」の話になっています。

このセリフがあることで、読者は「これは力任せに破壊しているのではない。ゾルディック家には、心臓を“盗む”ための超人的な暗殺技術があるのだ」と納得させられてしまいます。

そして、この技術の真の恐ろしさは、ジョネスが即座に倒れないところにあります。

単に相手を殺すのではなく、相手に「自分の心臓が奪われた」と理解させるだけの、数秒の猶予(=脳血流の残存)を与えてしまう。

本人が少し遅れて事態に気づき、自分の心臓を見て、歩き出そうとして、意識が落ちる。この絶望的な数秒間があるからこそ、キルアの技術の異常さが際立ち、読者の記憶に強烈に焼き付くシーンになっているのです。

まとめ:外傷診療の視点から見ても秀逸なシーン

重症外傷の現場でも、最終的に重要になるのは「脳への血流」です。大量出血で血圧が下がり、脳への酸素供給が低下して意識が悪くなり、倒れる。

ジョネスのシーンは、これを極端な形で描いたものです。 心臓を抜かれても生きていられるという描写ではなく、心臓を失い、脳への血流が途絶え、意識が消えるまでの「数秒」を緻密に描いたシーンと考えると、非常にリアルで恐ろしい描写だと言えます。

医学的な観点から見ても、漫画の演出としても、本当によくできた素晴らしい場面です。

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