外傷外科医が使う「止血」の手段
「止血」と聞くと、医師だけの特別な行為に思えるかもしれません。
実は、外傷外科医が行う止血の多くは、皆さんが無意識にやっていること(まず押さえるなど)が出発点です。ここでは、代表的な止血手段をやさしく解説します。
注意:本記事は一般向けの解説です。強い出血や不安がある場合は、ためらわずに救急要請をしてください。
止血の主な手段
- 圧迫(押さえる)
- 結紮(縛る)
- 焼灼(焼く)
- 塞栓(詰める)
- 切除(取り除く)
- “祈る”(=体の止血機構を守る)
最後の「祈る?」と思うかもしれませんが、ちゃんと意味があります。順にみていきましょう。
圧迫(押さえる)
最初に、そして最も頻繁に行われる止血法です。
出血直後は、どこが出血点か分からないことがよくあります。圧迫できる部位であれば、清潔な布などでしっかり押さえることで、いったん出血を弱め、全身状態を整えながら出血点を見極められます。
迷ったらまずは圧迫、そして動かしすぎない——これが鉄則です。
結紮(縛る)
出血している血管が目で確認できるときに行います。
外科医は糸結び(結紮)の訓練を重ね、切れた血管の断端をピンポイントで縛って止めることができます。圧迫などで出血点を特定したのちに実施するのが一般的です。
焼灼(焼く)
はっきりした一点からではなく、面としてにじむように出ている出血に有効です。
電気メス(電気凝固装置)などを用いて出血面を焼いて凝固させます。大量出血の最中は効果が限定的なので、まずは他の手段で出血量をある程度コントロールしてから使います。
塞栓(詰める)
カテーテル(細い管)を血管内から出血部位まで進め、詰め物を流して内側から血流を止める方法です。外から縛る結紮と対照的に、内側から血管を“閉じる”イメージ。主に放射線科医が行う**血管内治療(IVR)**で、外傷では重要な選択肢の一つです。
切除(取り除く)
いわば最終手段です。
壊滅的に損傷し、切除しても機能的な不利益が許容できる場合に検討します。切除すれば理論上その部位からの出血はなくなり、迅速な止血が可能です。
例としては、**脾臓、胆嚢、腸管の一部、肺の一部、肝の一部、膵体尾部、腎臓(片側)**などが状況により対象になり得ます(ただし臓器や損傷の程度で方針は大きく変わります)。
“祈る”(体の止血機構を守る)
人の体には血を固めて出血を止める仕組み(凝固能)があります。実はこれが止血の要です。ところが大量出血が続くと、次のような状態が重なり、体の止血力が急速に落ちていきます(詳しくは別記事「外傷死の三徴/四徴」で解説予定)。
- **低体温:**体が冷えると、血を固める働きが鈍くなる(酵素が冷えて動きが悪くなるイメージ)。
- **アシドーシス:**血が酸性に傾くと、臓器も凝固の酵素も働きにくくなる。
- **凝固障害:**出血で血を固める材料(血小板や凝固因子)が減る/仕組みが乱れる。
外傷外科医は、この悪循環に入らないようにできるだけ早く出血を抑え(外科的止血+血管内治療)、適切に輸血して“材料”を補い、体温と酸塩基バランスを保つよう全力を尽くします。ここでの「祈る」とは、体が本来持つ止血力が最大限働ける環境を整え続けるという比喩です。
超ざっくり一言で:早く止血、温めて、補う——あとは祈る!
まとめ
止血には状況に応じた複数の手段があり、患者さんごとに最適な組み合わせを選ぶのが外傷外科医の役割です。
まずは圧迫、必要に応じて結紮・焼灼・塞栓・切除を駆使し、同時に体の止血機構を守る——これが外傷診療の基本です。
用語ミニ解説
- **電気メス(電気凝固):**電気で組織を加熱し、出血部位を焼いて固める装置。
- **血管内治療(IVR):**カテーテルを用いて体内の血管の中から治療する方法。外から切らずに出血を止められることがある。