【外傷総論】外傷における血管の結紮(けっさつ)判断の原則:どこまで縛っていいのか?

導入文

リード:激しい出血を伴う外傷や緊急手術の現場で、私たちは一瞬で究極の判断を迫られます。「この血管は**結紮(けっさつ)**で止血して良いのか? それとも、生命線として何が何でも修復すべきなのか?」

はじめに:体の中で血液を送る「血管」は、損傷すると激しい出血を引き起こします。緊急時、この出血を止めるための最も迅速な手段の一つが**「結紮(けっさつ)」、つまり血管を縛って血液の流れを止めること**です。しかし、血管は単なる管ではありません。重要な臓器や手足を養う「生命線」であり、結紮できるかどうかは、その後の臓器機能や手足の温存に直結する重要な判断です。

本記事では、この血管結紮の判断を下すための基本的な原則をまとめます。


血管結紮の可否を決める2つの要素

血管を結紮して良いか、それとも「命綱」として絶対に修復すべきかは、主に以下の2点によって決まります。

  1. 側副血行(回り道)の豊富さ: その血管が遮断されたとき、周囲の小さな血管(側副血行路)がどれだけ血液の供給をカバーできるか。
  2. 臓器・組織の重要度: その血管が養っている臓器や手足が、生命維持や機能温存にとってどれだけ重要か。

1. 結紮しても「代役」が機能しやすい血管(回り道が豊富)

主に、周囲の血流が豊かで、主幹の血管が一時的に遮断されても、大きな虚血(血液不足)になりにくい血管です。

血管名なぜ結紮が許容されやすいか留意点
名もなき小さな血管ケガでよく出血する細い血管は、ほぼ結紮で止血可能。
多くの静脈(片側)血液が心臓に戻るルートは複数あり、片側は概ね許容される。両側内頚静脈は不可。また、結紮後は**浮腫や深部静脈血栓症(DVT)**が増えやすい。
外頚動脈顔面には血管が網目状に張り巡らされており、側副血行が非常に豊富。
橈骨動脈 尺骨動脈(どちらか一方)手関節には動脈弓があり、環状に連結している。一方のみの結紮は許容なことが多い。事前の血流評価(アレンテストなど)は必須
内腸骨動脈骨盤出血の緊急止血目的に結紮されることがある。
脾動脈・腎動脈・腎静脈脾臓摘出術(脾摘)や腎臓摘出術(腎摘)の際に、臓器の機能ごと停止させる目的で結紮される。

2. 絶対に守りたい「命綱」の血管(原則、結紮しない)

臓器や手足の広範囲を養う**「本管」**であり、詰まると致命的な影響が出やすい血管です。**原則として修復(再建)**を目指します。

血管名危険な理由・補足
大動脈全身への血液供給の「超本管」。結紮は絶対に不可
上腸間膜動脈(SMA)小腸のほぼ全てを養う大黒柱。結紮で広範囲の腸壊死(壊疽)に直結するリスク極大。
内頚動脈・総頚動脈脳への血液供給の根幹。結紮で脳梗塞を高率に発症する。
総大腿動脈・外腸骨動脈下肢の主要な血液ルート。結紮すると下肢の切断リスクが極めて高くなる。原則再建
上腕動脈・膝窩動脈肘や膝といった関節部の血流の本線。できる限り温存・修復を目指す。
門脈(主幹)腸から肝臓への栄養流入路。結紮で腸管の鬱血や肝不全を招くため原則結紮しない

3. 状況で判断が変わる「ボーダーライン」(グレーゾーン)

側副血行に期待できる要素がある一方で、重要部位も養うため、個別の患者さんの状態や損傷部位を慎重に見極める必要がある血管です。

血管名状況と治療の考え方
鎖骨下動脈肩周りの側副血行は期待できるが、結紮によって重度の上肢虚血を招く可能性がある。可能であれば修復が望ましい。
肝動脈肝臓には門脈という別ルートの血液供給があるため、状況によっては選択的結紮で乗り切れることがある。ただし胆管・胆嚢合併症に注意が必要。
浅大腿動脈/深大腿動脈下肢の幹と太い枝。条件や側副血行次第で片方結紮で維持できることもあるが、**原則は修復(再建)**を検討する。
腹腔動脈(CA)SMAからの側副血行が機能すれば結紮で耐えられることもあるが個人差が大きい。慎重な判断が必要。
下大静脈(IVC)腎静脈より末梢(下流)の損傷では、緊急時に結紮で救命することもある。ただし、浮腫やDVTのリスクは非常に高い。腎静脈より中枢(上流)は原則不可

⚠️ 実践的な注意とポイント

これらの原則はあくまで一般論です。実際の臨床現場では、患者さんの全身状態、損傷部位の重症度、そして個々の側副血行の発達具合によって判断は大きく変わります。

  • 救命最優先の場合: 活動性大出血など、生命が危機に瀕している緊急時には、まず救命のための止血(結紮含む)を最優先します。その後に、改めて二期的に血管の再建(修復)を検討することがあります。
  • 静脈結紮後のケア: 静脈を結紮した後は、血栓ができやすい状態になります。浮腫・DVT(深部静脈血栓症)予防のため、早期離床、弾性ストッキングの着用、必要に応じた抗凝固療法を検討します。

最終更新日:2025年10月11日

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