『葬送のフリーレン』には、静かな物語の中に、妙に現実の仕事にも通じる言葉が出てきます。
その中でも印象的なのが、
イメージできないことは、魔法として実現できない
という考え方です。
もちろん、医療は魔法ではありません。
どれだけ強く願っても、患者さんが一瞬で治るわけではありません。
どれだけ経験を積んだ医師でも、すべてを思い通りにできるわけではありません。
しかし、医療の現場にもかなり近い部分があります。
医師は、目の前の患者さんに何かをする前に、頭の中でかなり多くのことを想像しています。
この処置はうまくいきそうか。
もしうまくいかなかったら、次に何をするか。
この患者さんは、このあと悪くなる可能性があるのか。
入院した場合、どこを越えれば退院に近づくのか。
医療では、目の前の一手だけではなく、次の一手、そのさらに先まで考える必要があります。
今回は『葬送のフリーレン』の言葉を入り口に、医師が現場で使っている「イメージする力」について考えてみます。
葬送のフリーレンを改めて読みたくなった方は是非こちらから
医師は処置の前から、すでに頭の中で動いている
一般の方から見ると、医師の処置は「その場で判断して、その場でやっている」ように見えるかもしれません。
もちろん、実際の患者さんの状態に合わせて判断する部分はあります。
しかし、上手く進む処置ほど、実は始まる前からかなり準備されています。
たとえば、何かの管を入れる処置をする場合。
医師は、単に「刺す」「入れる」という動作だけを考えているわけではありません。
処置に必要な道具はそろっているか。
患者さんの姿勢は適切か。
途中で出血したらどうするか。
うまく入らなかったら、別の方法に切り替えるか。
誰に何を手伝ってもらうか。
こういうことを、処置の前から頭の中で組み立てています。
つまり、処置は患者さんに触れる前から始まっています。
逆にいうと、準備が足りない処置は、手技そのものが始まる前から不安定になります。
「道具が足りなかった」
「人手が足りなかった」
「途中で困った時の次の手がなかった」
こういう問題は、単なる忘れ物ではありません。
多くの場合、その場面を具体的にイメージできていなかったということです。
「知っている」と「できる」は違う
医学の勉強では、たくさんの知識を覚えます。
病気の名前。
検査の意味。
治療の選択肢。
薬の使い方。
処置の手順。
しかし、知識として知っていることと、実際の現場でできることは違います。
これは医療に限らないと思います。
料理のレシピを読んだだけで、完璧に料理が作れるわけではありません。
スポーツのルールを知っているだけで、試合で上手く動けるわけではありません。
車の運転方法を本で読んだだけで、いきなり安全に運転できるわけではありません。
医療も同じです。
頭では分かっている。
でも、いざ目の前に患者さんがいると動けない。
こういうことはあります。
その差を埋めるものの一つが、頭の中でどれだけ具体的に場面を思い描けるかです。
どの順番で動くのか。
どこで確認するのか。
どこで失敗しやすいのか。
失敗したら、次にどう立て直すのか。
この「頭の中の映像」が鮮明になるほど、実際の現場でも動きやすくなります。
『葬送のフリーレン』でいう「魔法をイメージする力」は、医療でいうと、現場で動くためのシミュレーションに近いのかもしれません。
救急現場で落ち着いている医師は、何を見ているのか
救急や外傷の現場では、時間が限られています。
患者さんの血圧が低い。
呼吸が苦しそう。
意識が悪い。
出血している。
状態がどんどん変わっていく。
こういう場面では、ゆっくり考える時間はあまりありません。
では、落ち着いて見える医師は、なぜ落ち着いていられるのでしょうか。
性格が冷静だから、というだけではないと思います。
多くの場合、頭の中にいくつものパターンがあります。
この状態なら、次に血圧がさらに下がるかもしれない。
この呼吸状態なら、早めに気道を確保した方がよいかもしれない。
この出血なら、検査を待つより先に治療へ進む必要があるかもしれない。
このまま様子を見るのは危ないかもしれない。
目の前の状態だけでなく、少し先に起こることを予測しています。
もちろん、予測がいつも当たるわけではありません。
医療には不確実性があります。
患者さんごとに状況は違います。
教科書通りに進まないこともたくさんあります。
それでも、「次に何が起こりうるか」を考えているかどうかで、対応は大きく変わります。
救急現場で大切なのは、今だけを見ることではありません。
今を見ながら、次の悪化を先回りして考えることです。
入院治療では「退院までのストーリー」を考える
医療のイメージする力は、救急や処置だけに必要なものではありません。
入院治療でも大切です。
患者さんが入院すると、医師はその日の検査や点滴だけを考えているわけではありません。
この患者さんは、何が改善すれば家に帰れるのか。
食事はいつ再開できるのか。
歩けるようになるには、どのくらいかかりそうか。
家に帰ったあと、困ることはないか。
再び悪くなるリスクはどこにあるか。
こうしたことを考えながら、日々の治療を進めています。
もちろん、最初からすべてが分かるわけではありません。
入院中に病状が変わることもあります。
思ったより長引くこともあります。
別の問題が出てくることもあります。
それでも、医師はある程度の道筋を考えます。
いわば、退院までのストーリーです。
今日の点滴。
今日の検査。
今日のリハビリ。
今日の食事の再開。
これらは一つ一つを見ると小さな判断に見えます。
しかし実際には、退院までの流れの中にあります。
「今日は何をするか」だけではなく、
「この患者さんが安全に家へ帰るために、今日は何を進めるべきか」
そう考えることが大切です。
医療者の成長は、イメージの解像度が上がること
若い医師と経験を積んだ医師では、同じ患者さんを見ても、見えているものが違うことがあります。
若い医師は、目の前の検査値や症状を見る。
経験を積んだ医師は、それに加えて「このあとどうなるか」を考える。
この患者さんは、今は落ち着いているけれど、夜に悪くなるかもしれない。
この傷は小さく見えるけれど、奥に大きな損傷があるかもしれない。
この出血量なら、今後輸血が必要になるかもしれない。
この高齢患者さんは、病気そのものより、入院による筋力低下が問題になるかもしれない。
こうした予測は、単なる勘ではありません。
過去の経験、医学知識、失敗した記憶、うまくいった記憶。
それらが積み重なって、頭の中のイメージが細かくなっていきます。
最初はぼんやりしていたものが、少しずつ鮮明になる。
「なんとなく危ない」ではなく、
「どこが危ないのか」
「いつ危ないのか」
「何が起きたら方針を変えるのか」
そこまで考えられるようになる。
医療者の成長とは、知識が増えることだけではなく、イメージの解像度が上がることでもあると思います。
医療は魔法ではない。それでも、想像力は現場を支えている
医療は魔法ではありません。
一瞬で傷が治ることはありません。
どんな病気でも治せるわけではありません。
どれだけ準備しても、予想外のことは起こります。
しかし、医療の現場では、想像力がとても大切です。
処置の前に、必要な準備を思い描く。
救急現場で、次に起こる悪化を予測する。
入院治療で、退院までの流れを考える。
患者さんが家に帰った後の生活を想像する。
こうしたイメージがあるからこそ、医師は次の一手を選ぶことができます。
『葬送のフリーレン』の世界では、イメージできない魔法は使えません。
医療でも、少し似たことがあります。
イメージできない処置は、うまく準備できない。
イメージできない悪化には、先回りできない。
イメージできない退院後の生活には、十分な支援を考えにくい。
だからこそ、医療者は日々の経験を積み重ねながら、頭の中のイメージを少しずつ鮮明にしていきます。
目の前の患者さんを診ること。
次に起こることを考えること。
その先の生活まで想像すること。
医療の現場で大切なのは、知識だけではありません。
先を読む力。
具体的に思い描く力。
そして、そのイメージを現実の判断につなげる力。
それが、医師の仕事を支えているのだと思います。
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