ドラゴンボールに学ぶ、医者の平常心。悟空の修行は手術や急変対応にも通じる

コラム

『ドラゴンボール』のセル編には、悟空と悟飯が「精神と時の部屋」で修行する有名な場面があります。

セルという強大な敵に勝つために、悟空たちはスーパーサイヤ人をさらに超えようとします。

ここで面白いのは、悟空がただ限界まで気を高める修行をしたわけではないという点です。

悟空が重視したのは、スーパーサイヤ人でいることを特別な状態にしないことでした。

日常生活の中でもスーパーサイヤ人のままで過ごす。
食事をするときも、休むときも、普通に会話するときもスーパーサイヤ人でいる。

つまり、スーパーサイヤ人でいることに違和感を持たないようにしたのです。

この考え方は、実は医療現場にも通じるものがあります。

特に、手術や急変対応のような緊張感の強い場面では、「特別な場面を、いかに自分の日常にできるか」が非常に大切だと感じます。


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本番で急に強くなるのは難しい

医療現場には、独特の緊張感があります。

手術で自分が執刀する。
患者さんの血圧が急に下がる。
救急外来にショック状態の患者さんが運ばれてくる。
心肺停止の患者さんに対応する。
出血が止まらない。

こういった場面では、医療者であっても当然緊張します。

私自身も、外科医になったばかりの頃は、手術に入るだけでかなり緊張していました。

自分が執刀するとなると、さらにドキドキします。

外傷外科に関わるようになってからも、ショック状態の患者さんに対応するときには、独特の緊張感がありました。

もちろん、緊張すること自体は悪いことではありません。

むしろ、患者さんの命に関わる仕事をしている以上、緊張感は必要です。

怖さがあるから準備をする。
失敗したくないから勉強する。
不安があるから慎重になる。

そういう意味では、緊張や不安は医療者にとって必要な感覚でもあります。

ただし、問題はその緊張に飲み込まれてしまうことです。

緊張しすぎると、視野が狭くなる

手術や急変対応で最も怖いのは、知識や技術がまったくないことだけではありません。

本来ならできるはずのことが、緊張や焦りによってできなくなることもあります。

焦ると、視野が狭くなります。
周囲の声が聞こえにくくなります。
次に何をすべきか、冷静に考えにくくなります。
普段なら気づく変化に気づけなくなることもあります。

これは手術でも急変対応でも同じです。

例えば、手術中に出血したとき。

慌ててしまうと、いきなり深いところを触りたくなるかもしれません。
しかし、まず大切なのは、圧迫することです。
視野を確保することです。
どこから出血しているのかを落ち着いて確認することです。

急変対応でも同じです。

患者さんの状態が悪くなったとき、焦っていろいろなことを同時にやろうとすると、かえって全体が混乱します。

気道は大丈夫か。
呼吸は保たれているか。
循環はどうか。
意識状態はどうか。
原因は何が考えられるか。

基本に戻って、順番に確認することが大切です。

しかし、そのためには、現場で自分自身が必要以上に動揺しないことが必要になります。

悟空の修行は「本番を日常にする」訓練だった

ここで、悟空の修行に戻ります。

悟空は、スーパーサイヤ人になること自体を目的にしたわけではありません。

スーパーサイヤ人という強い状態を、自然な状態に近づけようとしました。

これは、医療者にとっても非常に大切な考え方だと思います。

手術をする自分。
急変対応をする自分。
ショック患者の前に立つ自分。
重症患者の治療方針を判断する自分。

こういった自分に、違和感を持たないようにする。

言い換えると、緊張する場面を、少しずつ自分の日常にしていくということです。

もちろん、慣れすぎてはいけません。

患者さんの命に関わる場面で、雑になったり、慢心したりするのは非常に危険です。

ただ、毎回その場面を「とんでもない非日常」と感じてしまうと、安定した判断は難しくなります。

大切なのは、緊張感を持ちながらも、淡々とやるべきことを進めることです。

医療者に必要なのは、特別な場面で普通に動く力

手術や急変対応に強い医療者とは、必ずしも派手なことができる人ではありません。

大きな声で場を支配する人でもありません。

本当に強い医療者とは、周囲が少し混乱している場面でも、必要なことを一つずつ進められる人だと思います。

手術中に出血しても、まず圧迫する。
視野を確保する。
人を呼ぶべきなら呼ぶ。
必要なら術式を変える。
無理をしてはいけない場面では、いったん立ち止まる。

急変対応でも同じです。

患者さんの状態が悪くなっても、まず全体を確認する。
チームに指示を出す。
モニターだけでなく患者さんを見る。
原因を考える。
次の一手を準備する。

こういったことを、特別な能力としてではなく、自分の仕事として淡々と行う。

これが、医療現場における「強さ」なのだと思います。

平常心は才能ではなく、準備で作られる

平常心というと、生まれつきメンタルが強い人だけが持っているもののように思うかもしれません。

しかし、医療現場における平常心は、ある程度トレーニングで作ることができます。

手術であれば、術式を理解する。
解剖を確認する。
どこで出血しやすいかを考える。
トラブルが起きたときの対応を事前に想定する。

急変対応であれば、基本のABCDEを繰り返し確認する。
ショックの原因を整理しておく。
気道が取れないときの次の手を考えておく。
誰に何を頼むかをイメージしておく。

頭の中で何度もシミュレーションしたことは、完全な初体験ではなくなります。

もちろん、実際の現場は想定通りにはいきません。

それでも、準備していた人と、何も考えていなかった人では、現場での心の揺れ方が違います。

準備と反復によって、緊張する場面を少しずつ自分の日常に近づけていく。

それが、医療者にとっての修行なのだと思います。

悟空の強さは、強い状態を普通にしたことにある

悟空の修行で印象的なのは、ただ瞬間的に強くなることを目指したわけではない点です。

強い状態を、無理のない状態に近づける。

これは、手術や急変対応にもそのまま当てはまります。

本番だけ頑張る。
急変の時だけ集中する。
手術の時だけ気合いを入れる。

それだけでは、いざというときに安定した力を出すのは難しいと思います。

普段から考える。
普段から準備する。
普段から振り返る。
普段からシミュレーションする。

そうやって、手術や急変対応を自分の中で「特別すぎるもの」にしない。

医療者にとって大切なのは、非日常の場面で、普通にやるべきことを行う力です。

悟空たちは、スーパーサイヤ人でいることに違和感を持たないように修行しました。

医療者も同じなのかもしれません。

手術をする自分。
急変に対応する自分。
重症患者の前に立つ自分。

その状態に違和感を持たないように、日々の中で少しずつ鍛えていく。

緊張感はあっていい。
怖さもあっていい。
むしろ、それを失ってはいけない。

ただ、その緊張や怖さに飲み込まれず、やるべきことを淡々と進める。

それが、手術や急変対応における本当の強さなのだと思います。

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