本記事は医療に関する一般情報です。個別の診断・治療の指示ではありません。体調不良時は医療機関を受診し、緊急時は119番へ。
名探偵コナンのエピソードの中でも、印象的な事件のひとつに「工藤新一最初の事件」があります。
この事件では、被害者が首の後ろを刺され、頚髄を損傷して死亡したとされています。
作中では、細い凶器が後頭部から首の後ろに刺さり、骨と骨の間を通って頚髄に到達した、という説明がされています。
では、これは医学的に本当に起こりうるのでしょうか。
今回は凶器の正体については触れずに、純粋に外傷外科医の視点から、「細いものを首の後ろから刺して頚髄損傷を起こすことは可能なのか」という点を考えてみます。
コナンを改めて読みたくなった方は是非こちらから。
結論:理論上はありうるが、現実にはかなり難しい
結論から言うと、頚部への刺創で頚髄損傷が起こること自体はありえます。
頚髄とは、脳から続く神経の束であり、首の骨である頚椎の中を通っています。
ここが損傷されると、四肢麻痺、呼吸障害、場合によっては即時の呼吸停止や心停止につながることもあります。
特に高位頚髄、つまり首のかなり上の方の脊髄が損傷されると、呼吸に関わる神経の働きが障害されます。
そのため、作中で説明されているように、頚髄損傷によって呼吸停止に至るという流れ自体は、医学的に大きく外れているわけではありません。
ただし問題は、それを細い凶器で、人力で、狙って起こせるのかという点です。
ここはかなり難しいと思います。
頚髄はそもそも骨に守られている
頚髄は非常に重要な神経ですが、むき出しで存在しているわけではありません。
頚椎という骨に囲まれた「脊柱管」というトンネルの中を通っています。
つまり、後ろから首を刺したとしても、単純にまっすぐ刺せば簡単に頚髄へ到達する、という構造ではありません。
皮膚、皮下組織、筋肉、靭帯、そして骨の構造を越えていく必要があります。
作中では「骨と骨の間を刺した」と説明されています。
たしかに頚椎と頚椎の間には隙間があります。
ただ、その隙間は日常的に見えているものではありませんし、外から正確に狙えるほど単純な構造でもありません。
腰椎穿刺と比べても難易度は高い
医療の世界には、腰椎穿刺という手技があります。
腰の背骨の間から針を刺して、脳脊髄液を採取したり、薬剤を投与したりする手技です。
これだけ聞くと、
「背骨の間に針を刺すことは医療でもやっているのだから、首でもできるのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、腰椎穿刺はかなり条件を整えて行う手技です。
患者さんに適切な体位を取ってもらい、背中を丸めてもらい、骨の位置を確認しながら、慎重に針を進めます。
それでも必ず一回で成功するとは限りません。
体格、加齢変化、骨の変形、姿勢などによって難しくなることもあります。
少なくとも、腰椎穿刺と同じ感覚で語れるものではないと思います。
銃創や強い外力なら頚髄損傷は起こりうる
現実の外傷では、後頚部の損傷によって頚髄損傷が起こることはあります。
たとえば銃創、強い刺創、転落、交通事故、頚椎骨折などです。
強いエネルギーが加われば、骨が壊れたり、骨片が脊髄を傷つけたり、直接的に脊髄が損傷したりします。
その結果として、四肢麻痺や呼吸障害が起こることは十分にあります。
しかし、今回のポイントはそこではありません。
作中のように、細いものを後頚部から刺して、骨と骨の間を通して、ピンポイントで頚髄を損傷するという点が難しいのです。
これは偶然ならまだしも、犯人が計画的に狙って成功させるとなると、かなり非現実的に感じます。
細い凶器では「曲がる」「折れる」「逸れる」問題がある
さらに、細い凶器には別の問題もあります。
首の後ろは柔らかい皮膚だけではありません。
筋肉もありますし、靭帯もあります。
深く進めば骨にも当たります。
凶器がかなり細い場合、力を加えたときに曲がる、折れる、方向がずれる可能性があります。
作中のように、狙った角度で深部まで到達させるには、凶器そのものにかなりの強度が必要です。
さらに、相手が完全に静止しているわけでもありません。
人間の首は少し動くだけで角度が変わります。
頚椎の隙間を狙うような精密な行為を、実際の殺害場面で再現するのは、相当難しいと思います。
もし可能性があるとすれば
かなり条件を盛れば、理論上の可能性はゼロではありません。
たとえば、
犯人が人体構造に非常に詳しい。
被害者の姿勢が偶然かなり都合よく固定されている。
凶器が細いだけでなく、十分に硬く、鋭く、深部まで到達できる強度がある。
刺入角度が奇跡的に正しい。
こういった条件が重なれば、頚髄損傷に至る可能性は否定できません。
ただし、これは「ありえない」とまでは言わないけれど、かなり都合のよい条件がそろった場合の話です。
現実的には、狙って成功させるのは相当難しいでしょう。
死因としての頚髄損傷はリアル
一方で、死因としての頚髄損傷そのものはリアルです。
高位頚髄が損傷されると、呼吸に関わる筋肉が動かなくなることがあります。
特に横隔膜を動かす神経は頚髄由来なので、頚髄の高い位置で重大な損傷が起これば、呼吸停止につながります。
つまり、この事件は、
「頚髄損傷で死亡する」という点は医学的に理解できる。
しかし、
「細い凶器を首の後ろから刺して、骨と骨の間を通し、狙って頚髄を損傷する」という点はかなり難しい。
という評価になります。
まとめ
工藤新一最初の事件における首の損傷は、医学的に見ると非常に興味深い描写です。
頚髄損傷によって呼吸停止が起こるという流れ自体は、外傷医学的にも十分理解できます。
一方で、細い凶器を使って、後頚部から骨と骨の間を正確に通し、頚髄に到達させるという方法は、現実にはかなり難しいと思います。
腰椎穿刺のように医療者が体位を整えて行う手技でさえ、必ず簡単に成功するわけではありません。
それを頚部で、しかも殺害の場面で、細い凶器を用いて成功させるとなると、相当な偶然と条件が必要です。
したがって、この事件は、
死因としてはリアル。
ただし、犯行方法としてはかなり難易度が高い。
というのが、外傷外科医としての感想です。


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