本記事は医療に関する一般情報です。個別の診断・治療の指示ではありません。体調不良時は医療機関を受診し、緊急時は119番へ。
今回は『金色のガッシュ!!』のシーンを初めて扱います。
ガッシュは大きく分けると能力者バトルになるのだと思いますが、ただの漫画にはない熱いシーンが沢山あり、私の好きな漫画のひとつです。
『金色のガッシュ!!』ファウード編には、非常に印象的なシーンがあります。
リオウの攻撃を受けた清麿が、心停止してしまう場面です。
その後、ガッシュが清麿の胸を必死に叩き、心臓が再び動き出す。
漫画としては非常に熱いシーンです。
物語としては、まさに名場面だと思います。
では、このシーンは医学的に見てどうなのでしょうか。
胸を叩いて心停止から蘇生する。
これは現実にあり得るのでしょうか。
今回は外傷外科医の視点から、このシーンを考察してみます。
胸を叩くことで心臓が動き出すことはあるのか
まず、胸を叩くことで心臓が動き出す、という描写について考えます。
現実の医療でこれに近いものとしては、いわゆる前胸部叩打法があります。
心停止直後に胸を強く叩くことで、心臓に電気的な刺激を与え、不整脈を止めようとする行為です。
イメージとしては、電気ショックに近いものと考えてよいと思います。
ただし、これはかなり限定的な状況でしか意味がありません。
例えば、心室細動や無脈性心室頻拍のような、心臓が異常な電気活動をしている状態です。
心臓が完全に止まっているというより、電気的に暴走していて、うまく血液を送り出せない状態。
このような場合には、電気ショックによって心臓の電気活動をリセットすることで、再び正常な拍動に戻る可能性があります。
つまり、胸を叩く行為が医学的に意味を持つとすれば、それは心停止の原因が不整脈である場合です。
ここが非常に重要です。
清麿の心停止は不整脈だったのか
では、清麿の場合はどうでしょうか。
ファウード編で清磨は、リオウの強烈な攻撃を受けています。
描写としては、明らかに外傷です。
つまり、現実世界で考えるなら、清磨の心停止は
外傷による出血性ショックからの心停止
と考えるのが自然です。
体の中で大量に出血し、循環血液量が足りなくなり、血圧が保てなくなる。
その結果、脳にも心臓にも十分な血液が届かなくなり、最終的に心停止に至る。
これが外傷性心停止の典型的な流れです。
この場合、問題の本質は心臓の電気活動ではありません。
問題は、血液が足りないことです。
出血性ショックによる心停止に電気ショックは効かない
ここは、一般の方には少し意外かもしれません。
心停止と聞くと、電気ショックで蘇生するイメージがあると思います。
ドラマや映画でも、心停止した患者に電気ショックをして、「戻った!」という場面はよくあります。
しかし、現実には電気ショックで蘇生できる心停止は限られています。
電気ショックが有効なのは、主に心室細動や無脈性心室頻拍のような不整脈です。
一方で、出血性ショックによる心停止では、電気ショックをいくら行っても基本的には蘇生できません。
なぜなら、拍出する血液がないからです。
心臓はポンプです。
ポンプだけ動かしても、中に送る液体がなければ意味がありません。
水の入っていないポンプをいくら動かしても、水は出てこない。
それと同じです。
出血で血液が足りなくなっている状態では、心臓が再び動き始めたとしても、全身に十分な血液を送ることはできません。
外傷性心停止で本当に必要なのは、電気ショックではなく、
止血、輸血、循環血液量の回復
です。
ここが、内因性の心停止と外傷性心停止の大きな違いです。
では清麿の蘇生はあり得ないのか
では、清麿が蘇生したシーンは完全にあり得ないのでしょうか。
個人的には、ここが面白いところだと思います。
単純に「ガッシュが胸を叩いたから心臓が動いた」と考えると、医学的にはかなり厳しいです。
清麿の心停止が外傷による出血性ショックだったとすれば、胸を叩くことによって蘇生するとは考えにくい。
しかし、このシーンには重要な要素があります。
それが、ティオのサイフォジオです。
作中では、ティオがサイフォジオによって清麿の傷を治療しています。
もちろん、現実世界にサイフォジオは存在しません。
しかし、医学的に置き換えて考えるなら、サイフォジオは単なる「皮膚の傷を治す魔法」ではなく、
損傷した組織の修復
出血のコントロール
循環血液量の回復
全身状態の改善
まで含んだ、かなり強力な治療介入だった可能性があります。
もしそうだとすれば、話は変わってきます。
本当に清麿を救ったのは胸を叩いたことではなくサイフォジオではないか
外傷性心停止の本質が出血であるなら、必要なのは心臓への刺激ではありません。
必要なのは、失われた血液を補い、出血を止めることです。
つまり、清麿の蘇生を医学的に解釈するなら、
ガッシュが胸を叩いたから蘇生した
というより、
ティオのサイフォジオによって、心臓が再び動けるだけの条件が整った
と考える方が自然です。
サイフォジオによって出血が止まり、損傷が修復され、循環血液量がある程度回復した。
その結果として、清磨の心臓が再び動き出した。
ガッシュの胸部打撃は、医学的には決定打というより、清磨を呼び戻そうとする象徴的な行為だったのではないかと思います。
物語上は、ガッシュの想いが清麿を蘇らせた。
医学的には、サイフォジオが外傷性心停止の原因に介入した。
このように考えると、あのシーンはかなり納得しやすくなります。
「心臓を動かす」だけでは人は助からない
このシーンから考えたいのは、心停止の治療において大切なのは、単に心臓を動かすことではないという点です。
特に外傷ではそうです。
外傷患者が心停止したときに重要なのは、
なぜ心停止したのか。
その原因に対して何ができるのか。
ここです。
出血で心停止したなら止血と輸血。
緊張性気胸で心停止したなら胸腔減圧。
心タンポナーデで心停止したなら心膜を開ける。
低酸素で心停止したなら気道と換気を確保する。
外傷性心停止では、原因に対する処置がなければ、いくら胸骨圧迫をしても、いくら電気ショックをしても、根本的な解決にはなりません。
つまり、心停止という結果だけを見てはいけない。
その背景にある病態を見なければいけない。
ここが外傷診療の難しさであり、面白さでもあります。
あのシーンは医学的にどう評価できるか
では、最終的にこのシーンをどう評価するか。
私の考えとしては、
胸を叩いたことで外傷性心停止から蘇生した、という解釈は医学的にはかなり厳しい
です。
出血性ショックによる心停止であれば、電気ショック的な刺激では助かりません。
血液が足りないことが本質だからです。
しかし、
サイフォジオによって外傷そのものが治療され、出血や循環血液量の問題が改善した結果として蘇生した
と考えるなら、かなり納得できます。
つまり、清麿を救った医学的な主役は、ガッシュの胸部打撃ではなく、ティオのサイフォジオだったのではないか。
ただし、物語としての主役はもちろんガッシュです。
ガッシュが諦めずに清麿を呼び続けた。
その想いが、サイフォジオによって整えられた身体に、再び命を戻した。
そう考えると、医学的にも物語的にも非常に美しいシーンだと思います。
まとめ
ファウード編で清麿が心停止し、ガッシュが胸を叩いて蘇生させるシーンは、漫画として非常に印象的な名場面です。
しかし、現実の医学で考えると、外傷による出血性ショックで心停止した患者が、胸を叩かれただけで蘇生する可能性はかなり低いです。
電気ショックや胸部への刺激が有効なのは、主に不整脈による心停止です。
一方で、外傷性心停止では、問題の本質は心臓の電気活動ではなく、出血や循環血液量の不足にあります。
そのため、本当に必要なのは、止血、輸血、損傷の修復です。
この観点で見ると、清麿を救ったのは、ガッシュの胸部打撃そのものではなく、ティオのサイフォジオだったと考えるのが自然です。
サイフォジオによって身体の損傷が修復され、再び心臓が動ける状態になった。
そこにガッシュの必死の呼びかけが重なった。
そう考えると、あのシーンは単なる非現実的な蘇生描写ではなく、
外傷性心停止に対して、原因治療が行われたうえで蘇生したシーン
として読むこともできるのです。
医学的に見ると、胸を叩いたから助かったわけではない。
しかし、サイフォジオが効いていたなら、清麿が戻ってきたことには一定の説得力がある。
『金色のガッシュ!!』らしい熱さと、外傷診療の本質が意外にも重なる、非常に面白いシーンだと思います。

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